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1965〜1972 「週刊少年マガジン」(カラー大図解)(怪獣ブーム)1971(ガイガンのデザイン)
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水氣隆義のイラスト・出版関係「ウルトラ怪獣」01
1965〜1972 ・講談社=「週刊少年マガジン」(巻頭ページほかのカラー大図解、特集記事)「ぼくら」「TVマガジン」「ぼくらマガジン」「おともだち」「たのしい幼園」 「ディズニーランド」「なかよし」「週刊少女フレンド」ヤングレディ」「若い女性」「週刊現代」「WOMAN」「学習図書」「百科事典」「児童図書」「服飾センター」「AV研究部」「書籍宣伝部」 ペンネーム=「工藤 佳」「水気 淳」 |
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水気隆義のHISTORY WORKサイトをご覧いただき有り難うございます。
長い間、出版-広告業界で仕事をしてまいりました。08年6月「ガイガン」の件であまり公表していなかった ウルトラ怪獣関係など急遽このサイトを作成しました。 怪獣関係など手許に残っている資料しかありませんが、当時の水気隆義はこんな絵を描いていたのかを みて頂きたく発表いたしました。 水気隆義は当初、出版業界の挿絵画家の一部の大先生には不評で「挿絵のこころがない…到底つかえない」‥?などの批判。 しかし企画構成の大伴昌司氏や編集者達には大変好評で「今までにない新しい感覚でデザイン的で構成力があり‥」 と絶賛されました。そして講談社をはじめ他の出版社やいろいろな会社から多くの仕事がはいってきました。 ■水気隆義は挿絵画家ではありません■ 「ガイガン」のデザインの頃は電通でトヨタ、全日空のポスターなどイラストの仕事をしていました。 小学一年生の「たかよし」に絵の基礎を徹底的(軍国主義的に)に叩き込み、そして精神〜根性を鍛えた頼男おじさん そして先輩の玉田信行氏(デザイナー、水彩画家)、岡崎甫雄氏(イラストレーター)、 講談社の少年マガジン編集部の岩本文男(副編集長)、内田 勝(編集長)、 少年マガジン編集(特集班、記事班)の皆さん、そのほかの編集の皆さんに育てられ… 私が志したコマーシャルの世界を開いてくれた電通の萱場修デレクターに「アメリカのイラストレーション界」を学び… ここまでクリエイテブな絵の世界で孤軍奮闘できたことに、あらためて水気隆義を育てて頂いた皆様に大変 感謝しています。 |
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| ◆ガイガン-Wihipedia で「初代ガイガンのデザイナーは、かって少年マガジンを中心に挿絵画家として‥‥」と書かれていますが、私は挿絵画家を志してはいませんでした(グラフイックデザインからインダストリアルデザイン「立体」など学んできていましたので‥)。私の先輩で岡崎甫雄氏(イラストレーター)の手伝いをしたことから、講談社に紹介されましたが本来の挿絵はまったくわかりません。学生のころポスターなどでイラストを描いていたので、なんとか通用しました。当時、少年マガジンなどは(大特集巻頭カラーページ)など大きな絵が多く、また(カラー大図解)などは水気隆義のお手のものでした。 「ガイガン」のデザイン(インダストリアルデザインの基本)も分かりやすい図面が出来たので安丸信行氏は造型しやすかったのでしょう。また当時デザインできる作家は水気しかいなかったと編集者の方々が言っています。 |
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| 「週刊少年マガジン」(巻頭ページのカラー大図解) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| この図解は大伴さんの説明もありましたが、ほとんど私にまかされていました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 原画 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 原画 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ▼TBSビデオ・サービス・プロ | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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| TBSビデオ・サービス・プロ 工藤 佳(水気隆義) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| TBSの河島治之氏とは新宿界隈に、よく飲みにつれていってくれました。が、そのかわり仕事は2週間で10〜20ページあたりまえ…他の仕事もあってよく出来たものだと思います。友人の杉尾輝利氏、境木康雄氏に手伝ってもらったりしました。ここに載せているのはほんの一部です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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