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1965〜1972 「週刊少年マガジン」(カラー大図解)(怪獣ブーム)1971(ガイガンのデザイン)1972(CMイラストレーション個展)
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2009年2月25日「水氣隆義のデザインになる『ガイガン』」東宝公式認定
2009年2月25日、東宝の版権課長より『昨日、会議でガイガンのデザイナーは水氣隆義と認定しましたので 《水氣隆義の原案デザインになる「ガイガン」》として販売してください』と連絡がありました。 大変多くの皆様に賛同して頂き有難うございました。 皆様には厚くお礼申しあげます。 |
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「ガイガン」一眼のアイデアの発端
Creative illusrtrator 水氣隆義 |
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| ■1959年「山と谷と雲」ゴーグル型サングラスをかけた“裕ちゃん” 1960年当時サングラスの1枚ものを私は初めてみました。新鮮なデザインが凄く印象に残っていました。 「ガイガン」の目に基本の三角型状にアレンジしてみると素晴らしくカッコよく‥眼球も1個にして左右に大きく動くと凄い迫力がでるだろうと決めました。デザイナーのアイデアはヒョンなところからでるものです。別に“裕ちゃん”を意識したのではなく「1枚もののサングラス」が私には凄く印象が強かったのです。 当時 東宝、大映、東映、日活、松竹など競争が激しく、それぞれのスターで争っている時代でした。 そこで東宝の鈴木政雄氏に「ガイガン」の意味を聞かれた時“裕ちゃん”とは言えませんでした。『外敵なので「ガイガン」‥』と言ってしまいました。この事はいまだに鮮明に記憶しています。 今回37年ぶりに「ガイガン」の一眼のアイデアの発端を公開いたしました。 |
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| 「唐沢俊一氏の日記」より 2009年1月19日 |
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| http://www.tobunken.com/diary/diary20090119121542.html | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| マイミクあきーたさんの日記を見て驚く。 東宝怪獣ガイガンのデザインについて、驚くべき発見あり。 ガイガンのデザインはこれまで井口昭彦氏である、と言われてきた。 私もその説を支持していた(井口氏はウルトラマンエースの超獣 のように、機械と生物の合体デザインを得意としていたので)。 これは後に井口氏が東宝怪獣デザインにかかわったのはメカゴジラ 以降、と証言したことで否定された。 中野昭慶監督がインタビューで 「あのデザインは講談社のミズキさんに依頼した」 と語ったところから、 「あれは水木しげるのおんもらきの絵がモデル」 という噂が独り歩きしていたこともあった。 とはいえ、水木しげるほどの大物がデザインであれば、もっと 公開当時話題になるはず。 いったいなんでこんな噂が……と思っていたら、そこに大きな トリックがあったのですなあ。 ミズキ違い、だったのだ。 少年マガジンの図解記事、さらには『新・世界の怪獣』などのイラスト で活躍し、現在CMイラストの第一人者である水氣隆義氏が、 自分がガイガンをデザインした、とそのサイトで明言。 ここに長年の謎が解明したのであった。 http://www.art-micbox.com/w01-gigan01.html しかし、ガイガンのあの特徴的な単眼のモデルが“石原裕次郎のスキー 映画でのゴーグル”で、ガイガンの名前も“裕次郎みたいなナイスガイ” の“雁”で、「ゴジラに負けないナイスガイの“ガイガン”」というのはホンマかいな、という気分。 ちなみに、水氣隆義氏と言えば私の同人誌『人生で大切なこと(でも ないこと)はすべて少年マガジンで学んだ』で紹介した、“月みみず”の イラストを描いた人。 月みみずとガイガンが兄弟であったとは……。 |
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| 上記の唐沢俊一氏の“月みみず”です。 “月みみず”といわれてもすぐに判らなかったのですが原画を整理していたら出て来ました。ガイガンのデザイン以前のものです。 Copyright (C) 2008 TAKAYOSHI MIZUKI |
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| あだ名 「トレちゃん」(アシスタント) 当時 私のアシスタントになりたいと言ってきましたが、彩色ができない、ボードもろくにカット出来ない、なにも手伝いが出来なく、掃除と先輩の島田孝太郎の御用聞きぐらいで‥‥これはどうなる事かと困っていましたがトレスコープなら何とかやれそうで‥資料をトレスする仕事がみつかり‥‥土屋くんは事務所にいられるようになりました。毎日々トレスコープのなかは冬は暖かくていいのですが、夏は狭いところで汗ビッショリになって頑張っていました。それで島田くんが「トレちゃん」と呼ぶようになりました、 イラストのことは いろいろ指導していましたが反応がにぶく、即仕事は任せられない人でした。ところが仕事が終わり誰もいないと思っていたら、私のデスクの後ろで私の仕事をジーットみているのにビックリしました。その後1時間〜2時間みていることが常となり‥‥3年ほど事務所にいましたが、掃除、お使い(原稿)、資料探し、トレスが主な仕事で‥(たまに彩色させましたが結局 私が修正していました)そのうちお父さんの後(板金の仕事)を継ぐとアシストをやめました。 そして1985年ころヒヨッコリ顔をだし上記のものを見せてくれました。私のテクニックをしっかり受け継いでいるのです。 「こんなのトレちゃんには教えてないよ」と言うと本人は、私の仕事をうしろでみながら勉強した‥と言ってくれました。私としてはアシスタントの中では期待していなかつたのでビックリしました。 トレちゃんが東宝ADに入社して東宝の方に『恩師の水氣隆義先生が「ガイガン」のデザインをした‥‥』と言ったそうです。 (土屋、島田、高橋(アシスタント)等に「ガイガン」のデザインは私がしたと詳しく説明していました。また当時 講談社の編集者、友人、その他多くの方が知っている事なのです) アシスタント |
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| ■宇宙怪獣「ガイガン」のデザインに関し、そのデザインの誕生までの経緯‥‥! | ■ご感想、ご質問、ご意見などありましたら「ガイガン」ゲストブックヘ宜しくお願いいたします。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 多少昨年と今年のことはおおまかに発表していますが ■次は2008年6月から現在までの経緯…等いろいろ有りますので発表していく予定です。 |
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水気隆義のHISTORY WORKサイトをご覧いただき有り難うございます。
長い間、出版-広告業界で仕事をしてまいりました。08年6月「ガイガン」の件であまり公表していなかった ウルトラ怪獣関係など急遽このサイトを作成しました。 怪獣関係など手許に残っている資料しかありませんが、当時の水気隆義はこんな絵を描いていたのかを みて頂きたく発表いたしました。 水気隆義は当初、出版業界の挿絵画家の一部の大先生には不評で「挿絵のこころがない…到底つかえない」‥?などの批判。 しかし企画構成の大伴昌司氏や編集者達には大変好評で「今までにない新しい感覚でデザイン的で構成力があり‥」 と絶賛されました。そして講談社をはじめ他の出版社やいろいろな会社から多くの仕事がはいってきました。 ■水気隆義は挿絵画家ではありません■ 「ガイガン」のデザインの頃は電通でトヨタ、全日空のポスターなどイラストの仕事をしていました。 小学一年生の「たかよし」に絵の基礎を徹底的(軍国主義的に)に叩き込み、そして精神〜根性を鍛えた頼男おじさん そして先輩の玉田信行氏(デザイナー、水彩画家)、岡崎甫雄氏(イラストレーター)、 講談社の少年マガジン編集部の岩本文男(副編集長)、内田 勝(編集長)、 少年マガジン編集(特集班、記事班)の皆さん、そのほかの編集の皆さんに育てられ… 私が志したコマーシャルの世界を開いてくれた電通の萱場修デイレクターに「アメリカのイラストレーション界」を学び… ここまでクリエイテブな絵の世界で孤軍奮闘できたことに、あらためて水気隆義を育てて頂いた皆様に大変 感謝しています。 |
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| ◆ガイガン-Wihipedia で「初代ガイガンのデザイナーは、かって少年マガジンを中心に挿絵画家として‥‥」と書かれていますが、私は挿絵画家を志してはいませんでした(グラフイックデザインからインダストリアルデザイン「立体」など学んできていましたので‥)。私の先輩で岡崎甫雄氏(イラストレーター)の手伝いをしたことから、講談社に紹介されましたが本来の挿絵はまったくわかりません。学生のころポスターなどでイラストを描いていたので、なんとか通用しました。当時、少年マガジンなどは(大特集巻頭カラーページ)など大きな絵が多く、また(カラー大図解)などは水気隆義のお手のものでした。 「ガイガン」のデザイン(インダストリアルデザインの基本)も分かりやすい図面が出来たので安丸信行氏は造型しやすかったのでしょう。また当時デザインできる作家は水気しかいなかったと編集者の方々が言っています。 |
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コマーシャル イラストレーション個展
協力 萱場 修(電通)、手束 晃(デザイナ−)、稲田 浩男(カメラマン)、山田 清(アシスト) |
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仕事の作品とオリジナルで50枚前後の作品を展示
《推薦のことば》 (1972年) |
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| 萱場 修 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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20代をシカゴのA・R・IでUAL担当のグラフィックデザイナーとして勤務、
帰国後電通東京本社のクリエイテブ・ディレクターとしてトヨタのトータル・クリエイテブ作業に従事、 その後「みなとみらい21」のプロジェクト立ち上げに参画するために 国際デザイン・コンサルトとして独立。 |
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| ■萱場 修クリエイテブ・デイレクター 萱場氏は「イラストレーターとは最低5種類以上の絵を描き分けなければいけない。イラストレーターはクライアントの要望を満たす役目があるので、これしか描けないではイラストレーターとして通用しないしイラストレーターではない。 1種類しか描けないでよいのはアーティストだ。アメリカのイラストレーターは‥‥」 と常に言われていました。
この個展も子供〜大人〜老人、女性、男性、メカニック、イメージイラスト、ファンタジー、スポーツ、ファッション、時代物‥‥その他 幅広くテーマを与えられ、・紙・布(コットン・キャンバス・エナメル…)・皮・ガラス・ベニヤ・木板・ステンレス‥‥等に描いた作品、そしてB全の大きさが沢山ほしいし50枚以上1年で描く事を要望されました。 |
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| ヤ萱場 修 氏 今年09年の年賀状です「ガイガン」はシカゴで観たそうです。 このところ逢っていませんでしたが、あまりにも変わらず若々しく‥‥ここ数年SLの運転にはまって楽しんでいるようです。 私に「くれぐれも健康に、ご留意ください」と書かれていました。が、当時1週間 〜2週間 徹夜々の連続で手束 晃(デザイナ−)さんといつも悲鳴をあげていました。手束さんの話しでは「萱場さんの仕事はハードすぎて逃げ出す人が沢山いた」と聞いていまた。萱場氏は「プロだからあたりまえだろう」で終わりでした。 後で聞いたことですが内のアシスタントの島田庚太郎(多摩美〜共同印刷デレクター〜MIC)に多摩美大のなにかの会で萱場氏は「水気くんはズバぬけた体力の持ち主でネ‥‥!」などと言っていたそうです。 萱場さんの言うとうりで今だに平気で徹夜などしています。プロですから‥‥!(でも2日はとても‥それどころか次ぎの日は1日中 仕事にてがつきません‥‥!やはり健康に気をつけましょう‥) |
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2009-1月 萱場 修 氏 |
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| 水氣隆義のイラスト掲載誌および仕事関係先 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ■1965年〜1972年ころの各社掲載雑誌・図鑑等■ ◆講談社=「週刊少年マガジン」(巻頭ページほかのカラー大図解、特集記事)「ぼくら」「TVマガジン」「ぼくらマガジン」「おともだち」「たのしい幼稚園」ディズニーランド」「なかよし」「週刊少女フレンド」ヤングレディ」「若い女性」「週刊現代」「WOMAN」「学習図書」「百科事典」「児童図書」「服飾センター」「AV研究部」「書籍宣伝部」 ◆小学館=「小学3年生」「小学4年生」「小学5年生」「小学6年生」「小学館コミックス」「月刊絵本」 ◆少年画報社=「少年画報」「週刊少年キング」「漫画ボン」「ヤングコミック」 ◆秋田書店=「週刊少年チャンピオン」「冒険王」「児童図書」「単行本」 ◆集英社=「少年ブック」 ◆学研=「中学1年コース」「中学2年コース」「中学3年コース」「大学受験高校3年コース」「知育ホピー」 ◆旺文社=「中一時代」「百科事典」 ◆TBSビデオ・サービス・プロ=ソノシートつき怪獣絵本のほとんどを担当 ◆ひかりのくに=「ウルトラマンシリーズ」 ◆朝日ソノラマ=「怪獣大図鑑」その他 ◆エルム=「怪獣なぜなぜ図鑑」「怪獣絵ばなし」「かいじゅう学習ずかん」「ガメラ対ギロン」その他 ◆大映=「大映クラブ」1967年〜1970年代、その他 ◆エポック社「仮面ライダー・怪人大しゅうげき」毎日放送、東映その他 ■1965年〜2008年・出版関係■ ■1968年〜2008年・企業関系■ |
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